世界一の朝食に「丹波のテーブル」を。近畿唯一の製法で作る、こだわりの牛乳メーカー

本州のちょうど真ん中に位置する山間部の丹波は、山に囲まれた自然景観だけでなく、瀬戸内海と日本海側に水が流れる最上流である「中央分水嶺」が通るまち。そんな水の環境に恵まれた丹波には、複数の酪農家の生産する牛乳を取りまとめ、販売する会社があります。「丹波乳業」は地域に根付き、地元の良さを牛乳というツールを使って発信しておられます。

 

 

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・近畿唯一の製法「ノンホモ」で作る低温殺菌牛乳

・世界一の朝食に丹波のテーブルを。地域全体を巻き込んで構想する、丹波の魅力のPR

・自分たちの製品に誇りをもって扱い、丹波の魅力を牛乳からPRできる人材を募集

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今回は、創業社長でもある吉田社長にインタビューさせてもらいました。

 

 

近畿唯一の製法でつくる、「そのままの味が感じられる牛乳」

 

 

氷上低温殺菌牛乳は神戸などの都市部のホテルにも提供されているとお聞きしました。低温殺菌牛乳は、どういった製法で作られるんですか?

 

低温殺菌牛乳は普通の牛乳の殺菌と違って、65℃で30分、じっくり殺菌します。高熱・短時間で殺菌する牛乳と比べて、牛乳そのままの味が残りやすいのが特徴です。ですが、クリームが分離するというのがご存知ない方にはなかなか不純物かという風に言われたりとか、そういう風なクレームがあったとも聞いてます。あと、賞味期限が短いんです。実際の品質がどうというよりも、業界ルールで低温殺菌牛乳は作ってから7日以内という内部ルールがあるもんで、検査をしてというのではなくって、賞味期限を短くしないといけなくなってしまってるんで、不利なところはあります。

 

グラスにつく粒は、クリームが分離したもので、低温殺菌牛乳特有のものです。

 

 

ですが、その分牛乳そのままの味を感じられます。神戸のホテルさんにも低温殺菌を使っていただいているところがあって、料理長さんが料理の感想をお客さんに聞いたら、牛乳が美味しかったって言われて、怒ってはりました(笑)料理より美味しいと言われるのが癪だと、でも美味しいから頑張ってくださいと。(笑)

 

 

例えば、北海道では牛乳を集めるのが各酪農家で二日に一ぺんなんです。それを一箇所に集めて、ローリーに積んで、それをまた本州に持ってきて殺菌するんで、だいたい絞ってから5日から一週間かかってるんです。ですから新しさが、殺菌する前にそれだけの時間がかかってるんで、牛乳の賞味期限ていうのは殺菌してパック詰めした日が製造日なんで、それから何日かという数え方をします。それまでにかかった時間というのは一切現れていないですね。

 

 

 

 

なるほど(笑)やっぱりその分、扱いが難しかったり、味が変化したりはしやすいんですか?

 

分離したりして風味が変わりやすいんで、賞味期限という言い方ではそうかもしれませんね。そういうもんだと思えばそういうもんだと。デリケートですね。牛乳自体がデリケートなんで、本来そういうもんやと理解して頂ければと思うんですけれども。

 

それでも、小さいころに学校給食で飲んでくれていて、丹波を離れてよその牛乳を飲んだ時に、やっぱり氷上牛乳が美味しいって言ってくれてるって話を聞いた時に親御さんとかから聞くと、やっぱりやりがいがあるというか、嬉しいですね。

 

地元の人にも受け入れられて、都市部のホテルさんにもと、丹波内に限らず氷上牛乳は価値を提供されてるんですね。

 

あんまりおおっぴらになっていないんですが、実は丹波って神戸とか大都市から応援してもらっているというのはこうやって製造業をやっていると肌で感じるので、どうやって伝えられるのかなといつも思ってますね。逆に都会で評価されているということをもっと地元にPRする場をつくりたいなと思うんですよ。地元の人は「丹波の農産物を売りたい」っていうんですけど、売れてるんですよね実際。

 

実感として生活に反映されてこないとか、それを見て若い人があとを継がないから今後それを続けていけるのかどうなのかということにも不安があって、農業者自身もなかなか次の投資に向けて動けないというのもあると思うんですね。そういう課題をどう解決するかという中で、人が働ける場をPRしたいとか、農産物を売りたいっていうそういうストレートなことしか丹波市はやってこなかったんじゃないかなって。

 

だって雇う側がやっぱ自信なかったらね、雇われる方は不安ですよね。私自身こうやって酪農で牛乳絞って、牛飼いして、それがこういう製品になって、お客さんに喜んでもらって、で神戸の飲食店の人にも、こういう牛乳を探してたんやって言ってもらえると、すごく誇りと続けていく責任もあると思うんですよ。続けていく責任を果たすためには後継者を育てないといけないと思ってます。地元企業がしっかり頑張って、そこで働いてる人たちがイキイキ頑張ってたら、自然と人は集まるんじゃないかなって思いますよね。

 

 

飲み比べてみると・・。本当に全く違う飲み物と言っていいほど、全然味が違います。また普通の牛乳の匂いがせず、低温殺菌牛乳はほとんど無臭です。これは、高温で殺菌した時につく匂いで、「コゲ臭」と呼ばれるもの。低温殺菌ではその匂いがつきません。

 

 

高校を卒業して北海道へ、母の実家があった丹波で丹波乳業を立ち上げるまで。

 

 

社長は元々丹波ご出身だったんですか?確か、その後大学は北海道へ行かれたんでしたね?

 

 

そうですね、母親の実家が丹波市・自分の実家は三田市なので、生まれ育ちは隣の三田市なんです。大学選びは、家からどれだけ遠くにいけるか、琉球大か北海道大か、北海道大学はちょっと厳しいなと思ったんで帯広畜産大学へと。

 

 

高校を卒業してすぐ、畜産系の仕事をしようと思ったきっかけはありましたか?

 

 

自分の昔の事というと、大学がそれこそ北海道の帯広畜産大学という農産大学だったんですけど、そこに進学するきっかけも、高校2年の時に将来の目標とかみたいな作文をクラスで発表しあう事があって、その時は自分将来大学とか考えた事なかったんですけど、動物は好きだったんで、動物で仕事になるいうたら牛かな・・?ってそれくらいの思いつきで話したらクラスに酪農家の息子がいて、ちょっと自分ところでやってみーへんかって言われて、3日ほど実習というか、そういうのをやらしてもらって、すんごいしんどかったんですよね。やれるかなと思ったんですが、みんなの前で行ってしまったんで後にひけないなと思ってそのまま大学に進学した経緯もあったりして。大学行くまではね、乳牛と食肉用の牛の違いもわかってなかったりしたんですが。

 

 

 

 

なんでまた、遠くへ行こうと思ったのですか?そしてまた帰ってこられたのも理由があったんでしょうか?

 

 

まあ、子どもだったからでしょうね(笑)一回ちょっと違う世界を見に行きたいなと。北海道ではアルバイトで酪農家さんところにずっと手伝いに行ってたんですけれど、その中で、その頃は牛乳の生産調整が入った時期で、絞った牛乳を捨てたりとか、牛乳の買取り値段がどんどん下がったりとか。

 

それまで規模拡大でずっと行政主導で来てたのがそういう風になったんで、酪農家さん自身もこれからどうなるかわかんないみたいな話にもなってたんで、これから自分もちょっと酪農すんのどうなんかなとか思ったところもあって、大学の研究室では馬の勉強をずっとしてたんですけれども、卒業してからサラブレッドの牧場で馬の調教つけたりする仕事をしてました。それが30過ぎてしんどくなったんで、実家に帰って何かすることないかな、って牛飼いでもしよかな、って気持ちで。

 

それで、丹波で酪農を始められたんですね。最初は、個人の牛舎としてやっておられたと伺いました。会社にされた経緯はあったんでしょうか?

 

元々丹波の酪農家さんたちをまとめた組合がやってた製造販売部門が、経営が苦しくなって、それやったら製造部門を組合でやめたら楽になるんじゃないの?とそういうような議論があった中で、自分自身が平成21年に就農して平成23年に組合の理事になったんですね。理事を引き受けたのも自分で酪農やろうと思ったのも、組合の工場があって、学校給食や地元のスーパー、また阪神間の多くのお客さんを呼び込んでもらっているという実感があったからなので、それを無くして酪農だけ、乳牛の乳搾りだけしてても、なかなか実感としてやりがいがないというか、逆にここでしかできないことをできなくしてるような印象があったんです。

 

というのもお客さん、消費者の人と、工場見学であったり牧場見学もしてるんですけれども、そういった中でまだまだ可能性はあるんじゃないかなと思ったんで、一つの提案として、会社にして組合と切り離して経営したらどうですかと言ったら、まあ手を上げて発言したのが自分だったんで自分でやらざるを得なくなったと。

 

できますっていうわけでは全然なかったんですけど。

 

 

リスクはありましたよね?酪農組合を引き継ぐではなく、会社としてやるとなると。他の全員がやらなかったことを、決断されたんですね。

 

そうですね、ここの工場、建物機械一式を買い取るという形で始めたので借金もようけになりましたし、身体休まる間もなかったですね。

 

色んな人がいたら、何か言っちゃったら自分がやらなきゃいけないから言わないっていうパターンですよね。色んな議論の場で起こるのは、なんかあったらどうするんやと、何かあったら誰が責任とるんやと、そういう話が必ず起こるんですけど、ほっといたらダメになっていくのがわかってるのに、何もやらなければ終わりでしょ?そしたら、何かあったらということを考える前に、今どうにかしなきゃ終わっちゃうんじゃないですか?というそういうスタンスでずっと、お話をさせてもらってました。

 

もちろん、見習うべきところは見習って、教えてもらいながらやったんですけど。実際自分自身も酪農始めた時は、引退される酪農家さんの牛舎と機械と、牛丸ごと譲り受けてスタートしたんで、すごくスタートは切りやすかったんですね。今まであったものを、続けていい部分と変えていい部分の両方があると思うんで、それを認識するのが大事だと思うんですね。やめちゃう人は、それやったらもう辞めるわ、って牛売って機械売って、建物壊したら今までは終わりだったんですが、その人としても今までやってきたことを何とか続けたいという想いがあったから、他人である自分にね、ほんならお前好きなようにやれって、譲ってくれたんで。

 

その人が、地域の他の方との間を持ってくれたりとか、その人の歴史でフォローしてもらったと思ってるんですね。自分としては、その人のこれから続けていきたいんだ、ここにあるものをしっかり続けるために頑張りたいんやという意識を、あとは実際行動する事やと思ったんですね。

 

高校の時のお話も含めて、一回言ってしまうと引けない性格なんでしょうか?(笑)そのためにはリスクも辞さないような。

 

そうかもしれないですね、言ってしまった以上、誰がやんねんという話で。(笑)やらざるを得なかったと。リスクって言っても、いうだけの事なんでね。やっぱり無理です、ごめんなさいって言えば何とでもなる事なんですが、誰かがやらなければ終わるっていう事もわかっていたことなんで、それやったらお前やれって言ってもらったらやるつもりで発言はしたんですけどもね。

 

 

 

 

 

丹波の地域だからできること、丹波の地域と一緒に牛乳を作れること。世界一の朝食に「丹波のテーブル」を。

 

 

酪農・牛乳の会社をやっていて、どんなところにやりがいを感じられますか?

 

はじめてみてわかったことがすごいあるんですよ。酪農をはじめて見て、牛なんて糞やおしっこをするんでそれをどうするんだっていう問題は常にあるんですけれども、それを発酵していい堆肥にして、近くの農家さんにまいてるだけで、すごくいいものがとれるとか、こないだも「吉田くんが堆肥くれへんとワシ農業できひん」みたいな事まで言ってもらって、まあそういう風な、やりはじめた事ではじめて、やってきた事の大事さってわかると思って。それを実感してます。

 

 

 

 

自分の牛舎の前も小学校の通学路になってるんですけれども、それを毎日子どもたちは牛見なが行くんですけれども、そうやって育った子どもたちが高校生になって自分の牛舎に来て、将来酪農やりたいんですけど、なんて話になって、家に牛おらへんのにどないしたん?って言ったら「毎日通学路で牛見てて、将来なにしたいかなと思ったら牛やりたいって思ったんです。」って言ってくれたんですよ。後継者育てのために牛飼いやってるわけではないけど真剣に取り組んでいる事っていうのは結局今の小学生であったり中高生が将来の職業の選択肢のひとつとして、考えうる、そういう職業だと思うんですね。

 

 

なるほど、地域にかっこいい仕事があると、ここで働きたい、と子どもさんも思われますよね。

 

地元企業も一件一件、工事しているおじさんが、ショベルカーがかっこよくて大工さんになりたいとか、そういう風に思うかもしれないですし、毎日食べてるこのパン美味しいなとかでパン職人になりたいって思うかもしれないじゃないですか。本当に丹波の子どもたちとか大人の人たちも素直なので、「あ、これいいな」って思ったらそれに対してすごく熱心にひたむきになれるし、大事だと思ったら応援してくれると思うんですよ。だから仮に若い人たちが未経験ながら丹波で何かしたいなって思ってくれてても、真剣に取り組んでる姿勢がまわりに伝わったら、はじめはそんなん無理せんときなとか言われても、結果的にお客さんが喜んでくれてるものとか作れたら、それが伝わってくると絶対に地域全体で応援してくれると思うんですね。すぐに自分たちの家族みたいにして、よそから来た人も、隣の家の子達も世話するくらいの、そういう温かさは丹波にあると思います、人が少ないから余計に一人一人大事にするんですけど。

 

 

自分の子どもの小学校も廃校になったんですけども、1クラスが11人だったんですよ。クラスの討論とかしなくても、顔見ただけで、目を見ただけでその子が何を考えてるかわかるんですって(笑)すごいなと思って。本当に一人一人、個性を認め合ってできることを考えられるっていう下地は丹波にあると思っているんですね。ですんで、それが丹波の外の人から評価されているということが共有できたら、丹波の人はみんなでそれを支えていけるんじゃないかなと。それが食べ物であり農産物でありというのはもう、生き物である以上当たり前やし絶対必要なんで、食べるものを続けられるっていうのは本当に大事なことで。

 

丹波はつくれないものはないっていうくらい豊かなところなんで、自分の目標としてはやっぱりホテルであったりレストランであったりで、テーブルが全部丹波産だよと、その中のワンアイテムで牛乳があるっていうのが、メニュー構成の上でもね、強みになれるかなと思うし、牛乳・ヨーグルトを通して丹波をPRしていきたい、一緒にPRできるそういう様な事がやりたいんですよ。

 

うちの牛乳はコシがあると、他の食材とあわせてもお互いを引き立て合える牛乳だという風にシェフの人からは言ってもらったりもしてるんで、そこらへんお互いを認め合って引き立てあえるっていう丹波の人柄が表れているっていう、そういう「丹波のテーブル」をどんどんPRというか、提案していきたいなと。

 

面白いですね、丹波には多様性を認め合える素地があって、それが産品にまで引き継がれているような。

 

丹波スイーツフェスティバルってイベントがるんですが、そこに出てる業者さんとかもほとんどうちの牛乳使ってくれてるんです。そういうのが嬉しいんですよ。スイーツ屋さんとして地元に牛乳があるってことをすごく誇りに思ってくれてるみたいで、そして卵もあって小麦もあってっていうすごい恵まれた土地なんで、あと足りないの砂糖くらいやでと、砂糖あればもう何でも作れる。料理人さんとかは、美味しいもので作ったら何作っても美味いんやっていう人もいるし、組み合わせっていうのはその材料がどんな水からできたかによって味が違うから、同じ水からできたもの同士合わせると絶対にいいものができるって言っていただいたんですね。

 

牛乳も90%水ですから、それが同じ水で作った卵、この牛乳も地元産の田んぼで作った餌を与えてる部分がすごい多いんですね、特に氷上低温の3つの農家は、全員横の田んぼで牛の餌を作ったりとかそいういう取り組みをしてるところなんです、で、その牛の餌を作る田んぼにも、牛糞の堆肥を循環してと、同じものをぐるぐる循環させていて、元が同じなんで、あわせても絶対美味しいのはわかりきってるくらいのそういうものだと思うんで、その象徴が芦田ポートリーさんのプリンだと自分は思ってます。

 

ポートリーさんも地元のコメを鶏にやってはるし、それで、うちの低温殺菌牛乳がすごくいいって合わせてもらったらあんなに美味しいものができるって、自分も食べてびっくりしてね、こんな美味しいもん他に食べたことない、って。

 

これからも、何か他の会社さんとのコラボも考えられているんですか?

 

そうですね、姫路にすごく美味しいゆずを作ってるところがあって、そこのゆずを作ってるところのマーマレードで、ゆずヨーグルトを、もうちょいしたら製造に入りたいなと、それは姫路方面に売っていきたいなと思っているので、一緒に黒豆も並べてねと。そういうのをやりたいなと。

 

なるほど、丹波に限らず兵庫県で広くコラボしたりというのも考えられているんですね。

 

そうですね、積極的にやっていきたいなと。丹波と、神戸大阪は近いんでね、その距離をもっと活用できるような、そのためには生産者、製造者が見える商品づくりというか、その為に丹波まで遊びに来てくださいと、生産者の顔が見えますよって、実際牛乳なんかデリケートなんで、消費者団体の人なんかも、宅配で届いたのが氷上低温殺菌牛乳と、この工場まで来て試飲したものと味が違うって言いはるんですよ。何十年も牛乳飲んでる人がそう言いはるんで、多分その通りなんだろうなと。

 

やっぱり、丹波でしかできない、丹波だからできる牛乳というところは大きいんですね。

 

そうですね、牛乳だけで言うと、どの生産者がどの餌やってというのまでわかって、お客さんに説明できるというのは、大企業ではあり得ないことでしょうね。牛乳ってトレーサビリティ制度のおかげで、さかのぼってどこから来た牛乳かって調べることができるんですけど、商品パッケージにすることってなかなかできないんです。それが毎日同じところから牛乳入っているよっていうのは強みだし、それを何かうまいこと謳えないかなと。地元食材のヨーグルト、地元全体のテーブルを作っていく、っていうのは丹波ならでは、丹波のものだけの朝食とか面白そうですよね。野菜はいくらでもあるから。

 

吉田社長のお話を聞いていると、自分の会社であったり、牛乳のみならず、丹波の地域全体の事を考えてビジョンを構築されていっている様に感じます。もの静かな優しい印象の吉田社長ですが、話をすればするほど芯の熱い想いが伝わってきます。ひとつの産業からまち全体の事を考える。そんな仕事をしてみたいかたにとって、丹波乳業から地域全体をみてみることは、自信を持ってオススメできる仕事のひとつではないかと感じました。

 

《正社員募集詳細》

求人番号 28130-1920871
求人情報の種類 一般(フルタイム)
事業所名 丹波乳業 株式会社
代表者名 代表取締役 吉田 拓洋
所在地 〒669-3464
兵庫県丹波市氷上町石生桧ノ前162
職種 1)牛乳製造の販売・営業

2)牛乳・ヨーグルトの製造作業(殺菌・充填等)
※リフト経験・リフト資格があると尚良い

雇用形態 正社員
年齢 50歳以下
就業時間 1)08:00~17:00(休憩60分)
時間外あり 月平均10時間

2)05:00〜15:00の間の8時間(休憩60分・シフト制)
時間外あり 月平均10時間

賃金 月給

基本給(月額平均)

1)180,000円~200,000円

2)150,000円〜200,000円

就業場所 兵庫県丹波市
福利厚生 通勤手当:実費支給 上限あり 月額:20,000円
加入保険:雇用 労災 健康 厚生退職金制度:あり

 

 

《パートタイム職員募集詳細》

求人番号 1)28130-2772271
2)28130-1918671
3)28130-2773971
求人情報の種類 パートタイム
事業所名 丹波乳業 株式会社
代表者名 代表取締役 吉田 拓洋
所在地 〒669-3464
兵庫県丹波市氷上町石生桧ノ前162
職種 1)冷蔵庫内整理作業・牛乳製品のルート配送

2)牛乳・ヨーグルトの製造作業(殺菌・充填等)
※リフト経験・リフト資格があると尚良い

3)販売業務での補助・伝票の整理等(パソコン入力 ワード・エクセル)
※土日勤務できるかた優遇

雇用形態 パート労働者
年齢 50歳以下
就業時間 1)05:00〜15:00の間の6〜8時間程度  週4〜5日程度(応相談)

2)05:00〜15:00の間の6〜8時間程度  週3〜5日程度(応相談)

3)08:00~17:00(休憩60分)(勤務時間相談可)
週休2日制

賃金 1)時給 870円 〜 970円
※冷蔵庫内整理作業時 870円
※ルート配送時 970円

2)時給 850円

3)時給 820円

就業場所 兵庫県丹波市
福利厚生 通勤手当:実費支給 上限あり 月額:20,000円
加入保険:雇用 労災 健康 厚生退職金制度:あり

 

※この求人情報は、ハローワークが受理した求人票から、その一部を抜粋して掲載しています。さらに詳しい情報はハローワーク求人情報をご覧ください。

 

 

※只今お問い合わせフォームを準備中です。お手数ですが、お問い合わせの方は下記のメールアドレスへご連絡ください。

《お問い合わせ先》
丹波市役所住まいづくり課 たんばの仕事担当 宛

Mail:sumaidukuri@city.tamba.lg.jp

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